CONCEPT

書道から寧らかな日常を

「書道から寧(やす)らかな日常を」。現代的に言い換えれば、「書道からのウェルビーイング」とでも言えようか。

書道は、美しい文字を書くためのメソッドに止まらない。過去に生きた人たちの書を真似して書き続ける「古典臨書」という作業を通して、他者と自分と対話し、時間を超えて俯瞰し、自然とつながっていく鍛錬方法の集積。「書く瞑想(マインドフルネス)」。

書くほどに満たされていく身体は満月のように周りを照らす。

不登校の子どもたちと過ごした学生時代、「人は誰しもクリエイティブである」と信じて教育の道に飛び込みました。そして「よく生きるためのヒントは日本文化、東洋思想にある」と直感し、書道からの教育を志しました。それから20数年。書塾花紅というささやかな拠点を得て、生徒さんたちと「寧らかな日常」を探求、実践しています。

曖昧な時代。多様性が許容されるからこその不安を乗り越え、強く、しなやかに生きる。
書道を通して、寧らかな日常を、時代を創造していくことが、私の使命です。

「つながる」「満ちる」「暮らす」

「つながる」

ー 他者・自分とつながる。
手本という絶対的な存在。自分を排し、謙虚に他者に従う。しかしこれは、一方的な隷属ではない。数多の人間の目と手で獲得された「型」を、習得の先に破壊していく。自分は何を書くのか。自分の幸せは何なのか。幾重にも重なる皮を脱ぎ捨て自分の無意識を探り進めるとき、自分の幸福と他者の幸福が同じ地点に収束する感覚を得る。

ー 過去・未来とつながる。
王羲之、顔真卿、空海。先人の書をただ真似して書き続ける、古典臨書。「彼らの文字」にひたすら向き合う長い時間は、「彼らの言葉」を、「彼らの生き様」を丸ごとに学び慈しむ過程となり、やがて時空を越えた「人間という仲間」であることを体感する。それはまた、私たち人間の歴史が連続であり、私たちの文字も生き様も、未来の誰かにつながっていくことを確信させていく。

ー 自然・宇宙とつながる。
筆、紙、墨、硯。自然界の動物、植物、大地の事物の生命に人間の生命を乗せて形にする営み。あくまで「実体」がある世界だからこそ向き合わされる「身体」。知識も理性も太刀打ちできない生身の人間としての「身体」がふと自然の力を借りて美しい線を生み出す時、この不思議な世界への感謝の気持ちで包まれる。

「満ちる」

他者と自分と、過去と未来と、自然と宇宙とつながり合うことができる時、すべては円環であることを知る。他者も自分も自然も尊重できる、軸の定まった満ち足りた自己。

怒りや悲しみも自分らしく伝える。執着してしまう自分も受け入れる。曖昧な状況もそのままにただ待つ。渾沌を渾沌のままに。

やわらかな表情、やわらかな声。それは満月のように、周りを照らす光となる。

「暮らす」

足るを知る。未来に恐れなく、今を生きる。今日は何を食べよう。
くだらない会話。笑い。

ただ誰かのために、書く。掃除をするように。
部屋の片隅に飾る書を、創る。花を活けるように。