書からのデザインーTokyo Design Week展示コンセプトー

Tokyo Design Week 2015。
寧月として生きて5年の歳月が流れ、今、私が行き着いたのが、このTokyo Design Weekであると感じている。

インテリア書「歩」

インテリア書「歩」

思えばこの5年間、私は「”和”とは何であろうか」を考え続けてきた。「”和”」は、「和やかである」という意味を持つ一方で、日本人にとって「私たち自身」を表し、「日本文化」そのものを指し示してきた。私は当初、「”和”」の言葉の持つイメージから日本の伝統文化、その奥にある日本の伝統美に興味を向けた。日本の色彩、季節のうつろい、もののあはれ。確かに、それは「”和”」であった。しかし一方で、その「”和”」はまるで額に入れられた絵画のように、私たちの生活からは分断されているようにも感じられた。「”和”」は「私たち」から遠く離れ、いつのまにか「過去の人々」を指す言葉になってしまったような気がしているのである。

「ゆりかごの唄」:日本伝統文化を探求する頃の作品

「ゆりかごの唄」

この「”和”」の探求活動の中で、私は「今を生きる人々」とたくさん話をしてきた。IT企業で働きつつ長野で農作業を続ける人、今を問い続ける日本画家、お寺にサードプレイスとしての役割を復活させようとする人、和モダンの旅館づくりにこだわる人、汗をかきながら炎に向う東京のガラス職人、変わるものと変わらないものにチャレンジする掛け軸師、日本素材のワンピースブランドを立ち上げた人、唄うヨガインストラクター、日本の美をこよなく愛する中国の人、高齢者の場づくりを考える研究者、日本の保育を世界に発信しようとする人、子どもたちの自由を考える教師、そんな人々をつなぐ人。

彼らとの会話の中で、ときに、彼らの思いを形にする仕事をさせてもらう中で、「”和”」についての私の思いは、今、ある一点に集約されてきている。

金剛院内カフェ「月」

金剛院内カフェ「月」

今回の展示のコンセプトを「書からのデザイン」としたのは、「書」をあくまでも「デザイン」の視点から創作する、寧月の在り方を端的に示すものであると思ったからである。そこに人がいて、その人の作りたい空間があって、そのために書を用いて製作する。それが寧月である。寧月は、今を生きる人々の生活を彩るために創作するデザイナーである。

「”和”」の文化は、おそらく、自己主張が苦手である。私も同じく、自己主張はどちらかと言えば、苦手である。「我思う故に我あり」が西洋的感覚であるとすれば、「友思う故に我あり」が東洋的、日本的な感覚であるように思う。そしてまた、前者がアートに近く、後者はデザインに近いとも言うことができるのではないだろうか。私は、これからもアーティストとしてよりはむしろ、デザイナーとして生きていきたい。

「時」

「時」

Tokyo Design Week 2015。私はこの場に、「書からのデザイン」と題し、二つの作品を展示する。どちらも、日本の美、書の美を成す「線の美」「余白の美」を最大限生かすことに重きを置き、同時に、「今」の感性にfitするデザインとして生み出した寧月らしい作品である。

「今を生きる私たち」の文化を創造する人々と、今後、様々な空間、プロダクト、プロジェクトのデザインに取り組むことができれば、寧月として生きる上で、この上ない幸せである。興味をもってくださる方からのご連絡をお待ちしています。

 

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