[ことこと書日記 vol.19]井上陽水「少年時代」より



ことことと、日々を煮込むように。
9月20日新月、寧月のことこと書日記第19回をお届けします。

娘が歌い出しました。
「夏が過ぎ 風あざみ」。
小学校の音楽の教科書に載っているそうです。

私も子どもの頃から大好きな曲、「少年時代」。
前奏のピアノ伴奏を聞くだけで、懐かしい、
私の場合は「少女時代」を、思い出すから不思議です。

寧月書「少年時代」より

書いたのは、「夢はつまり 思い出のあとさき」。

子どもの頃って、「あなたの夢はなんですか?」とか。
卒園、卒業のたびに尋ねられたりするけれど、
大人の質問意図とは裏腹に、子どもたちは大抵、
「そんな質問どーでもいい」と思っている気がします。

子どもって、「今」しかない生き物だから、
「未来」とか「将来」とか、不安もなければ希望ももたない。

子どもの行動に、計画や目標はない。

子どもはいつも、「今」を全力で生きている。

だから、子どもの毎日は、思い出の重なりである。

「夢はつまり 思い出のあとさき」っていうふうに、
子どもが本能のままに、ただ思い出の積み重ねだけで毎日を生きて、
結果的に、そのあとさきに、私の夢がありましたって言えたら、
それは、とっても幸せなことだと思う。

でも、さみしいけど、ほとんどの人間は、
思春期という10代を生きるうちに、
自分の人生に計画をたてて、「将来の夢」をもって、
いつの間にか、演繹的に生きていってしまうのですね。

さみしいですね。
でも、このさみしさが、人間らしさなんでしょうね。

子ども時代には子ども時代の、
大人時代には大人時代の、
人生の良さがあると思います。

 

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