武士道とクリエイティビティ

日本は男尊女卑で封建的である。
そんな、中傷がある。

そんな中、私は最近、日本の封建的なところが妙に気になっている。

 

先日、邦楽に携わるとある方とお話しする機会を得た。
邦楽の世界も、師匠の力は強く、弟子は“ひたすらの我慢”を必要とすると。
個人の権利を滅するような強い上下関係は、日本が封建的であることの象徴かもしれない。

でも・・・
でも・・・、もしかしたら、そんな日本の封建的なところに、
何かしらの日本のクリエイティビティの種があるんじゃないか??

 

そんな疑問を持ち続けていたとき、
武士道について記述したある本にであった。

武士道においては、
強き者が弱き者を守る、これがルールである。

なるほど、と思った。

 

昨年から、私は、「“和”のクリエイティビティ」という言葉を使って、
日本のクリエイティビティ(=創造性)の在り方について考えている。

昨年は、子育てに関する講演会で、
「“和”のクリエイティビティ」を育てるためには、
なによりもまず、「安心感」を育てることが必要、とお話しをさせて頂いた。

 

そして今、武士道のルールに出会い、思うところがある。

日本の封建制度においては、強き者が弱き者を守り、
弱き者は守られた安心感の中で、
自身の世界に没頭し、クリエイティビティを育てることができてきたのではないか?

子育てにおいては、子どもの想像力ないし創造性を育てるには、
子どもが子ども時代に、精一杯遊ぶことが大切だと思う。
でも、子どもが不安なく遊びに熱中するためには、
食べ物があって、家があって、
大人に温かく見守られているという安心感が、最低限必要だ。

 

日本のものづくりを支えてきたクリエイティビティは、
武士道の精神の下で、
武士が民を守り、父が母を守り、母が子を守りという、
上下関係があっても温かい関係性における安心感の中で育まれてきたのではないか。

弱い者が権利主張をしなければならない社会では、
子どもたちが日本らしいクリエイティビティを育てていくことは難しいのかもしれない。

自己主張をすることが大事という教育方針もあるだろうけれど、
私はそれよりも、
強い者が弱い者を守るんだよ!というそのことを、
子どもたちに伝えていきたいと、そんなふうに思った。

これからも、「和」と「クリエイティビティ」について探求を進めていきたい。

 

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