[ことこと書日記 vol.18]田辺聖子「むかし・あけぼの」より

ことことと、日々を煮込むように。
9月6日満月、寧月のことこと書日記第18回をお届けします。

昨年、書塾を立ち上げ、
最初に子どもたちと取り組んだ課題「枕草子」
子どもたちは清少納言の言葉を感じ取り、色鮮やかなアートワークを見せてくれました。

そんなころ、私は、
今ひとつ理解できていなかった清少納言の時代、生き方を具体的にイメージすべく、
田辺聖子さんによる清少納言の小説「むかし・あけぼの」を読んでおりました。

作家さんというのはどなたも博識で想像力に溢れていらっしゃるものですが、
田辺聖子さんというのもその力は驚くばかりで、
随筆「枕草子」に、その登場人物たちに起こった歴史的事実を重ね合わせ、
このような情感豊かな小説を書いてしまうのだから、
ただただ恐れ入るばかりです。

寧月書「むかし・あけぼの」より

清少納言は、平安時代藤原道隆の娘中宮定子に使えたことで知られています。
「むかし・あけぼの」は清少納言の物語ではありますが、
同時に、清少納言が深く敬愛し、「枕草子」を生み出す原動力となった、
この中宮定子の物語でもあると言えます。

昨年、「むかし・あけぼの」を読み、
私ははじめて、中宮定子の女としての人生を知り、感じました。
藤原氏の栄華の中で、ただ華やかな幸せの中で生きたのではなく、
政治的な争いの中で、悔しさや悲しみを抱えて生き、死んでいった人なのだと知りました。

そして、「枕草子」もまた、そういった深い悲しみの中で、
悲しいからこそ、強く、明るく生きようとする、
中宮定子と清少納言の女としての人生の応援歌なのだと、
感じました。

清少納言は、物語の最後にこう言います。
「…棟世(恋した男性)と、中宮の思い出だけがあればよかった。
私は、『春はあけぼのの草子』を書き始めた。
—―かるく、かるく、たのしく、あかるく。
心はおどり上がり、瞳は好奇心にみひらかれ、
鼻は風の匂いにも敏感に、耳は木の葉のそよぎを逃すまいとするどく。
そのときめきをすべて筆に伝えようとした。…」

「枕草子」は美しいシーンを集めた日記のようなもので、
その中に、涙を流すような感動の物語はありません。
でもそれはきっと、人生を「かるく、たのしく、あかるく」生きようとした、
清少納言という人の、人を思う、
やさしさの集まりなんだと、思います。

人間は、悲しみを知るほどに、
「かるく、かるく、たのしく、あかるく」、
生きようとする生き物のような気がします。

 

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